没入人生の翻訳家・プロインタビュアーのオガワタカシです。
日々、一流人にインタビューをしたり(紅白歌手、サッカー日本代表、ベストセラー作家、一流俳優など。)
没入図鑑「仕事にハマる人々観察。」というYouTubeを運営しながら、このブログでも没入人生のヒントを発信しています。
今回は、映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』や日曜劇場『GET READY!』、Netflix『サンクチュアリ -聖域-』などの音楽に関わってきた作曲家・ノグチリョウさんに1日密着しました。
華やかな実績だけを見ると「最初から才能に恵まれた人」に見えるかもしれません。でも、ノグチさんが作曲家になったのは29歳のとき。それまでに二度、夢をあきらめています。そんな遠回りの物語から見えてきた「没入転身」の秘訣を5つにまとめました。
目次
秘訣1:一度あきらめた夢も「期限切れ」にはならない
高校2年生のとき、映画『海猿』の音楽に雷に打たれたような衝撃を受け、映画音楽の作曲家を志したノグチさん。ところが音大受験の勉強についていけず、予備校の先生から「東大に受かるくらいでないと難しい」と言われて断念します。「音大に行けない=作曲家になれない」と思い込み、17歳で夢をいったん手放しました。
それでも、夢は消えていなかった。最後にノグチさんが残してくれた言葉は「遅すぎることはない」。一度あきらめたことは、終わりではなく「保留」にすぎないのかもしれません。
秘訣2:会社員のままでも「小さく続ける」
大学卒業後は一般企業で営業職に就き、その後IT企業で5年間働きました。けれど音楽から完全に離れたわけではありません。アーティストへの楽曲提供や、ヒップホップのトラック制作などで、少しずつ報酬を得るようになっていました。
いきなり会社を辞めて飛び込む必要はありません。本業を続けながらでも、好きなことを「小さく、でも途切れさせずに」続ける。その積み重ねが、転身するときの土台になります。
秘訣3:「朝4時に起きてでもやれること」を自分に問う
会社員時代のノグチさんは、夜12時に寝て朝4時に起き、出社前まで曲をつくり、帰宅後も寝るまで作曲、という生活を送っていました。有給休暇もずっと音楽制作に使っていたそうです。
誰にも強制されていないのに、なぜそこまでできたのか。ノグチさんは「自分が生きていきたい世界が音楽だったから、そこから離れたくなかった」と振り返ります。
自分の没入テーマがわからないときは、「朝4時に起きてでもやれることは何か」「有給を何に使っているか」と問いかけてみてください。すでにやってしまっていることの中に、答えが隠れています。
秘訣4:恥を忍んで、もう一度扉を叩く
実は、ノグチさんは20代前半に一度だけ音楽制作会社に入っています。しかし社風のギャップやミスの連続で心が折れ、わずか2週間足らずで退職。その後の5年間は、映画を観るたびに「あの世界に行けていたかもしれない」というモヤモヤを抱えていたと言います。
30歳が見えてきた29歳のとき、ノグチさんは大きな決断をします。かつて2週間で辞めたその会社に、「何でもいいから、もう一度働かせてほしい」と連絡したのです。代表の懐の深さもあり、もう一度チャンスを得ることができました。
プライドよりも、後悔を晴らすことを選んだ。その一歩が、人生の流れを変えました。
秘訣5:アンテナを張り、導かれる流れに素直に乗る
再入社後は、営業・音楽プロデュース・作曲の3つを兼ねていましたが、次第に作曲の依頼が増え、映画1本を任されるまでに。手が回らなくなったことをきっかけに、作曲家として独立します。
初めて映画1本を担当した作品に取り組んでいる最中、ノグチさんはふと「あれ、自分は今、映画音楽をつくっている」と気づき、夢が叶っていたことを実感したそうです。
ノグチさんは「導かれるときは、すっと導かれるもの。そのメッセージを素直に受け入れていくといい」と語ります。無理にこじ開けるのではなく、目の前の流れに乗っていった結果、気づけば夢の場所に立っていたのです。
まとめ:没入転身は「遠回り」の中で育つ
ノグチさんの物語は、才能の話ではなく「離れなかった人」の話でした。一度あきらめても、会社員をしていても、好きなことから手を離さずにいたこと。そして、ここぞというタイミングで恥を忍んで一歩を踏み出したこと。それが、29歳からの没入転身につながりました。
「自分にとっての朝4時は何だろう?」――そんな問いから、あなたの没入人生も始まるかもしれません。
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